王様は裸じゃないか。      指差す子供もちんこ丸出し。


by bbh_x

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今日の【ニッケイ的】

<子猫殺し>直木賞作家・坂東さんがエッセーで告白 [ 08月24日 03時00分 ]

 直木賞作家の坂東眞砂子さん(48)が日本経済新聞に寄せたエッセーで、自身の飼い猫が産んだ子猫を野良猫対策として殺していることを告白し、波紋を広げている。坂東さんはフランス領のタヒチ島在住で、事実ならフランスの刑法に抵触する可能性もある。坂東さんは「避妊手術も、生まれてすぐの子猫を殺すことも同じことだ」との趣旨の主張をしているが、日本経済新聞社には抗議や非難が殺到、動物保護団体も真相究明を求めている。【鳴海崇】

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なんというか、ニッケイのエセーの執筆者にはひとつの傾向がある。
嘔吐を催すような自己陶酔と露悪趣味である。

この記事はたまたま読まなかったものの、全体的に、こういう
「個人の尊重と手前勝手の混同」
「前衛と頓珍漢の混同」
が多い。
私が一番気持ち悪かったのは
哲学者と称する(実際ガッコで哲学を教えているらしいんだが)オボッチャマの自己陶酔エッセーだった。

何ナンダロなこれは。

これに良く似た嘔吐感は、60年代アングラ演劇、それも似非寺山とか、エセ唐といった
才能皆無の連中に感じられるものである。
彼らは「人にはチンコがある。あるものをあると承知で隠すのは欺瞞だ」
とかナントカ、公衆の面前でチンコを露出することで
自分が何者かになったつもりでいる。

あるものを出すのは誰でも出来る。
あるものをあると知りつつ矜持のもとにあえて隠蔽するのは美意識である。
それがわかっていない。
基本的にニッケイの論説とか文化スポーツ関係には、驚くほど黴臭いロートルが巣食ってるので、こういう「残骸」連中も、彼らの引きに因るものなのだろう。

それにしても、こういう「資本主義」の対極にいる連中を飼っている新聞社が、日本の資本主義について指標を出しているというのは、ブラックジョーク以外の何者でもない。
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by bbh_x | 2006-08-24 09:14

癌は治りません2

癌は治りません

さて。
本日付けの日経新聞夕刊「夕&EYE」というコラムに、私の主張とまったく同じことを、奥歯に物が挟まったように表現している記事が載っていた。
「病いを知る」と称し、肺ガンを見つけるヘリカルCTというものを紹介している。
そこで語っているのは大阪府成人病センター調査部免疫課の中山富雄参事という人。

X線では発見率の低い肺ガンをヘリカルCTという技術を使えば早期に発見出来るというのだが、、、、、
のっけからこれである。

「肺ガンと診断されて5年後に元気に生活している人は10%しかいません。見つかった時には【進行しているケースが多いからです】。従って【5年生存率を上げるには】【早期にがんを見つける必要があります】」
※【】は引用者。

これはおそらく記者が馬鹿なのでこういう表現をしたのだろう。
一見すると、早期発見すれば生存率が伸びるかのような書き方だが、よく見れば、そんなことは一言も書いていない。
「進行してから」見つかるから5年生存率が低いので、「早く見つけよう」と言っている。
「死ぬ5年以上前にがんを見つければ5年生存率が上がる」
そういう、小学生でもわかる算数をここで中山氏は述べているに過ぎない。


で、早期発見して何か得があるのかと言うと
そもそもヘリカルCTなるものは
「肺炎の後などが残っていて、ガンかどうかの見極めるのが難しい」
上に
「ヘリカルCTで見つかるガンは進行速度が遅く(中略)すぐ治療する必要はありません」
だと。
ヘリカルCTでは、超早期の肺ガンを見つけられるが、そのほとんどは進行しないのだと言う。
進行しないなら、そのうちに切ってしまえ、というのが、今までのガン治療の「常識」だったはずだが、あえて「切る必要はない」と断言している。

をいをい。
私のようなトンデモ素人が言うならともかく、「早期発見早期治療が意味ないです」と研究者の端くれが表明していいのか?

中山氏は言う。

「『ヘリカルCTで肺ガンの疑いがあると言われて(中略)不安でたまらない』という方がたくさん来られています(中略)本当に検診を受けて良かったのか、単に精神的苦痛を与えただけなのかが問題になっています。」

発見率が、従来の検査の3倍というこのヘリカルCT。
「死亡率減少効果は不明」とタイトルでうたわれている。
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by bbh_x | 2006-08-08 22:20

国体ということ

昭和天皇の合祀反対メモ - ダワーの「敗北を抱きしめて」から

さて、ロートルサヨブログとして結構知名度の高い↑ここ。
たまに覗くのだが、今回は意外に面白かった。

>ダワーの「敗北を抱きしめて」の面白いところは、昭和天皇を利用して日本を統治しようしたGHQが、実は昭和天皇の側にその意図を見抜かれて、逆にすっかり昭和天皇に取り込まれている真実を暴いているところにある。昭和天皇の方がGHQを飼い馴らしている。

この表現に私は喝采を送る。
まさに皇家の真骨頂。
天皇の中の天皇。昭和帝こそ大帝と呼ぶにふさわしい。

そういう記述をしていながら
「どーだ、こいつってばひどいよなー」
と、読者がとってくれるとおもっているところが噴飯物である。

A級戦犯たちが「忠臣」であり、彼らと運命をともにすることこそ「義」とするのはわかりやすいが、それは「天皇」の正義ではない。
しょせん臣下である「さむらい」の正義であり、臣下は散ることにこそ美がある。
A級戦犯は最後に国の御盾となる最高の美の舞台を与えられたのだから、これに勝る名誉はない。
A級戦犯の喜びはここにこそある。
天皇が彼らを顕彰せずとも、彼らに不満のある筈がない。
自分たちを捨てて、「生き残る」ことが天皇の義務であり、捨てられることによって逆に彼らは永遠の価値を得ることになるのだから。

日本軍閥からGHQへの権力交代は、鎌倉幕府が滅んで足利幕府が興り、織豊政権が滅んで徳川幕府になり、徳川幕府が薩長に取って代わられた、この流れと何も異なることがない。
まして、天皇はGHQというあらたな勝者も掌中に収めてしまったと言う。

天皇あるかぎり国体が続くという日本の体制にあって、舶来の強者であっても、それが天皇を守るかぎり、その強者は「日本」にひれ伏していることになる。
これを痛快と言わずしてなんといおう。

なんとなく、A級戦犯とGHQの関係は、楠木正成と足利尊氏の様である。
A級戦犯が天皇の盾となり、しかし捨てられた、とするならば、巣鴨プリズンは湊川である。
彼は「捨てられた」ことで伝説となった。
一方、天皇を利用しようとし、「紙か木で作ってしまえ」と誇った勝者は、結局歴史の中で長く逆賊の汚名を着ることになったのである。
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by bbh_x | 2006-08-04 12:02