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by bbh_x

ブックマークの意味を込めて

古代の国道、上ツ道を確認 奈良・壬申の乱の舞台 [ 11月01日 10時16分 ]
共同通信

 奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡で1日までに、古代の国道の一つ「上ツ道」とみられる7世紀の盛り土状の遺構が見つかった。調査した同市教委によると、上ツ道の遺構が確認されたのは初めて。
 上ツ道は、既に発掘された中ツ道や下ツ道などと並び、奈良盆地を南北に走る当時の幹線道路。
 3本の道路は、日本書紀に大海人皇子と大友皇子が皇位を争った壬申の乱(672年)の舞台として登場。「(大海人皇子軍が)箸墓(はしはか)のほとりで戦い、近江朝廷軍を撃退した」と記されており、同市教委は「今回の現場付近も戦場だったのだろう」と話している。
 同市教委が卑弥呼(ひみこ)の墓との説もある箸墓古墳の北東隅近くで、約370平方メートルを発掘調査。南北方向に続く固く締まった盛り土(高さ40センチ、幅6メートル以上、長さ3メートル以上)を確認した。
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大化改新から壬申の乱あたりは、今、一寸凝っている。
鎌足と天武天皇の関係は定説の中からでも、もっと面白いシチュエーションが見て取れる。
ふつーに日本書紀を読むだけで、「定説」とは全然辻褄の合わない記述があるのに、誰も「定説」に異議を唱えないのはどういう訳か。

ゴッドハンドの生まれる素地は、こんなところにある。
by bbh_x | 2005-11-02 18:38 | 歴史遊戯